理事長挨拶

日本医史学会は90年にわたる長い歴史を持つ学会です。当初は医学の歴史を研究し先哲を顕彰する医師たちの集会として出発し、多くの先人の努力によって医史学が切り開かれ、現在では医史学に関心を寄せる幅広い分野の人たちが集う学会となっています。医史学が研究の対象とする歴史の分野も、医療関係者が学ぶ現代医学のみに限らず、日本の伝統医療である漢方医学、医学の実践としての医療、さらにその社会・文化との関わりなどにも広がっています。幅広く奥行きの深い医史学のさまざまなテーマについての発表を、毎年の学術集会やまた月例会でそれぞれの研究者からじかに聞けること、また『日本医史学雑誌』に発表される良質の研究論文の数々を読むことは、医史学の醍醐味を実感させてくれます。

 私自身は大学の医学部で長年にわたって、解剖学の教育と研究に携わってきました。当初は解剖学の歴史に関心をもち、古今の解剖学書を蒐集して原典に基づく解剖学史『人体観の歴史』(岩波書店、2008)を著しました。最近では西洋医学が発展した筋道を明らかにするために、18世紀以前の西洋医学について研究を積み重ねてきました。これらの研究を通して、医学・医療を発展させてきた原動力は、傑出した個人の思想や革命的なできごとではなく、事実を検証し過去の知見の上に積み重ねていく実直な科学的探究であるということを改めて実感しました。また古今の医史学の研究論文や医学史書を調べてみると、史実についての評価や描かれる歴史の姿が医史学家の問題意識と時代背景によって大きく影響されていることもよく分かります。

 21世紀に入って医学とその実践としての医療は、社会の中でますます重みを増しています。医学・医療の発展によって、疾患の診断精度と治療の効果が高くなり、医療の恩恵を実感することが明らかに多くなり、医療に対する社会の期待と信頼もますます大きくなっています。医学・医療の進歩は近年ますます加速しており、さらに社会の情報化および国際化が進む中で地球規模の広がりを持つようになっています。その新しい時代の中で、日本医史学会に数多くの人たちが集い、さまざまな視点から医学・医療の歴史の中に史実を探究し、新しい医史学が展開されることを願っています。

2017.6.30.
第12代理事長 坂井建雄

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